5本の指

6-7年前のことだったと思います。

私は神奈川県にある葉山ハートセンターでUAEセンターの名称をいただき診療をさせてもらっていました。

当時の病院長は高名な心臓外科医で、世界初の胃大網動脈を使用した心臓バイパス術、日本初のバチスタ手術を行い、しばしばマスコミにも取り上げられる先生でした。

ある日、病院長が医局に入ってこられ、

『瀧君。○○さんという患者さん覚えている? 君がUAEした、、。』

と話しかけてきました。 無駄なことはあまり話さない病院長でした。私は名前に記憶がなく(顔を見れば必ず覚えているのですが)、院長が医局にやってきてUAEの患者の話題をするなんてよほどまずいことが起きたのだろうかと心配になりました。

『覚えていません。何かまずいことでも起きたのでしょうか?』

『いや、そうじゃない。調子が良くてとても喜んでおられる。○○さんの親戚と会食をしてね、ここ(葉山ハートセンター)でのUAEが話題になった。なんでも徹底的に調べ上げてここがNo1だということでUAEをすると決めたんだそうだ。いや、僕もうれしかったよ。』

私は病院長にこう言いました。

『先生。褒めすぎです。せめて5本の指に入るくらいにしてください。』

というのは当時(今もですが)年間100例あまりのUAEを行っている術者は日本に5人ほどしかいなかったからです。

ところが病院長は

『指は5本いらない。1本でいい。残りの4本は切り落としなさい。』

と言って医局を出て行かれました。

この病院でUAEを行うのならNo1になるつもりでいてほしいという気持ちからの発言なのか院長の専門である心臓外科ならば5本の指に入ればいい程度の気持ちではおぼつかないぞという意味かどうかは今となっては判りかねますが、心臓外科がとても厳しい世界であることを彷彿させました。

今でもはっきりと覚えていますが、医局には黒板があって心臓外科手術の予定がびっしりと書かれていました。

名前、病名、予定手技、、最後に紹介病院名があったと思います。 心臓外科が専門ではない私にも予定手技を見ただけで、単純な手技が少なく、複雑なものがほとんどであることは理解できました。

紹介病院名には名だたる大学病院、基幹病院名が目白押しでした。